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ヒトラー最後の代理人@ヒューマントラストシネマ渋谷

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■あらすじ
終戦後、アウシュビッツの所長をしていたルドルフ・フェルデナント・ヘスの取り調べをするよう命じられたポーランドの判事・アルバート。収容所での出来事を淡々と語るヘスを前に、アルバートは「誰か止めなかったのか」と問いかける。


※ネタバレ含みます

「未体験ゾーンの映画たち2017」2本目。狭い取調室で対峙して淡々と語るシーンがほとんどを占める静かな映画。ストーリーにあまり起伏はなく、ヘスが口を噤んで手を焼くこともなく、本当に淡々と進行していきます。驚くほど静かな映画なのだけど、そんな無口な中にもアルバートの感情のゆらぎが滲み出ていた気がします。

ネタバレは避ける派なのだけど、今回はあまりにも前知識がなかったので事前にwikiを見ておきました。しかし、「ルドルフ・ヘス」と聞いてこっちのヘス(副総統)かと思っていたら、こっちのヘス(アウシュビッツ所長)でした。副総統のページに「ヒトラーの代理人」なる著書があったのですっかり勘違いしていたのですが、観ている内に違うぞ…と気付いて、上映後に改めて色々と検索した次第。お恥ずかしや。

BGMのほとんどない静かな映画だったのですが、アルバートが立ち寄ったバーで流れるピアノの月光の調べが印象的。夜、月明かりの中でヘスが手記を書き残すシーンとリンクするようでした。手記の内容はwikiにあるこちらの内容なのかと思われます。

「この命令には、何か異常な物、途方もない物があった。しかし命令という事が、この虐殺の措置を、私に正しい物と思わせた。当時、私はそれに何らかの熟慮を向けようとはしなかった。私は命令を受けた。だから実行しなければならなかった。」

「軍人として名誉ある戦死を許された戦友たちが私にはうらやましい。私はそれとは知らず第三帝国の巨大な虐殺機械の一つの歯車にされてしまった。その機械もすでに壊されてエンジンは停止した。だが私はそれと運命を共にせねばならない。世界がそれを望んでいるからだ。」

「世人は冷然として私の中に血に飢えた獣、残虐なサディスト、大量虐殺者を見ようとするだろう。けだし大衆にとってアウシュヴィッツ司令官はそのような者としてしか想像されないからだ。彼らは決して理解しないだろう。その男もまた、心を持つ一人の人間だったということを。彼もまた悪人ではなかったということを。」

wikipediaルドルフ・フェルディナント・ヘス」より 2016年6月25日 (土) 12:00 (UTC


「職務を遂行しただけ」というヘスと、上官からの命令に従って尋問を続けるアルバートとの違いは何なのかとふと思ってしまう。多分それはアルバート自身も感じていて、尋問の傍らに人との触れ合いを求めたりしたのではないかなぁ…。馬しか救いを求める相手がいなかったヘスとは違うのだと確認するかのように見えました。今までも何度も訴えられてきた言葉だけど「誰もがナチスのような集団になりえる」というのを、改めて思い出した次第。

エンドロールに響く電車の音は、あのアウシュビッツに続く線路なのではないかと思ったのだけど、どうだろう?誰しもあそこに向かってしまう可能性があるという警鐘のようにも聞こえて、なんともズシンと重いエンディングとなりました。

ヒトラー 最後の代理人 [DVD]

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FOUND ファウンド@ヒューマントラストシネマ渋谷

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■あらすじ
ホラー映画が好きな11歳の少年、マーティ。学校ではいじめられて、家族仲も上手くいっていない。しかし、マーティにはある楽しみがあった。それは、兄がクローゼットに隠している生首を眺めること。時折入れ替わる生首を眺めながら過ごしていたある日、同級生の生首を見つけてしまう。どうやら、秘密を知られていることに気付かれてしまったらしい。

 

※ネタバレ含みます


「未体験ゾーンの映画たち2017」1本目。劇場は満員御礼!朝の時点でかなりチケットが減っていたので慌ててオンライン予約したのだけど、上映15分前に到着した頃にはすっかり完売でしょんぼりと劇場を後にする人も…。初日とは言え21時の回なのにすごいなぁ。

ひたすらホラーでスプラッタな感じかと思いきや、家族や学校と言った少年の抱える問題も取り上げられていて、きちんとストーリーのある作品でした。イヤアアアおにいちゃんやめてええええ首を切らないでええええギャアアアアアみたいな話ではないです。そっち方面に期待を込めて行くとがっかりしてしまうと思う。ホラーでスリラーでサスペンス、そしてヒューマンドラマでもある、なんとも不思議な作品でした。魅力的。

開始直後の弟のモノローグの一言目でググッと引き込まれての103分間。決してすっきりした作りではないけれど、そこもまた不安定なこの兄弟を表すのに適していたんじゃないかなぁと思えてしまう。そして何より、ラストのワンカットが秀逸。「あっ」と思ってふっと終わってしまう。余韻も何もかも掻き消すような一瞬のショットのインパクトが凄い。

兄の部屋で見つけたホラービデオ「HEADLESS」を友人と観るシーンがあるのだけど、これがタイトルの通りの首切り殺人の話。本作で最もゴア描写の詰め込まれたシーンだったと思います。仮面を被った殺人鬼が女性を惨たらしく殺害し、乳房を切り落としてしゃぶりつき、首を斬り落として生首ファックという狂気っぷり。(ところでこの映画の後に砂嵐になるのだけど、兄によるスナッフムービーが始まるんじゃないかと身構えたのはわたしだけだろうか…)そんな映像からしばらく後、マーティを襲うのは本物の凶行。それらはこれまで観たホラー映画のように映像として眺めることはできないけど、確実に今家の中で起こっている…という撮り方が上手い。ところでこのシーン、全裸の兄が真っ黒の影のように塗り潰されていたんですが、元の映像ではフル勃起らしいです。そっちの方が狂気マシマシだったのだけど、さすがに日本の劇場では無理だったか…。でも某ドラゴンタトゥーの女のような粗い修正じゃなかったので不自然さはなく、知らなかったら気にならないレベルでした。

舞台は1980年代なのですが、この時代ではなく現代設定だったらかなり違う雰囲気になった気がする。あの時代設定だったからこそ描けたストーリーだと思います。ノスタルジックなビデオ屋や映画館や古い型の車が鬱屈や狂気を際立たせていて、兄がより一層哀しい存在に見えた。弟はホラー映画の世界に憧れを抱いていたけれど、本当にそちら側に行ってしまっていた兄のことは結局理解できなくて受け入れられなくてただただ恐怖でしかなくて、それでも兄は兄なりに弟を想って…という歪な感情が、怖いというより悲しい。まさかこの映画でこんななんとも言えないせつない気持ちになるとは思わなかったです。

製作費わずか8000ドル、役者も監督もほとんど無名で、そんな制作環境だったからこそ作り出せた作品なのではないかなぁと思います。いずれにせよ、洗練された脚本やこなれた演技の名優では作り出せなかったのではなかろうか。映画館で観れてとても嬉しいです。いいものを観た!未体験ゾーンは毎年こういう出会いがあるので嬉しいです。

遅ればせながらわたしの今年の未体験ゾーンが幕を開けました。今年も楽しみだー。たくさん観るぞう!。

FOUND ファウンド [DVD]

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■関連リンク

未体験ゾーンの映画たち2017

2017年2月3日~2月17日まで青山シアターにてオンライン上映される予定とのこと。

 

 

www.youtube.com作中に登場するホラー映画「HEADLESS」。本作のDVD特典になった後、2015年に単発でリリースされたらしいです。気になる。

 

セブン・サイコパス [DVD]

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 サイコパスのせつなさという意味でなんとなくこちらの映画を思い出したりもした。こちらはだいぶポップだけども。

パージ:アナーキー@VOD

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■あらすじ
一年に一度、殺人含むすべての犯罪を認めるパージ法。今年もパージの日を迎えたが、貧困家庭でシングルマザーとして家族を養うエヴァの家に謎の男たちが押し入る。逃げ出したエヴァと娘は、パージを行うために完全武装した男・レオに助けられ、さらには車が故障してダウンタウンに放り出された夫婦とも合流する。果たして五人は無法地帯となった街で朝まで逃げ切ることはできるのか。そして、レオのパージの理由とは――。

 ※ネタバレ含みます

スパのVODにて。一作目「パージ」に続けて鑑賞。前作は堅牢な警備システムに守られた自宅という密室の中でのパージでしたが、その一年後を舞台にした今作は広大な街の中でパージが繰り広げられます。街でのサバイバルや友人宅でのパージ合戦を経て、パージオークションまで体感できちゃう恐怖のパージツアーが開幕です。何故わたしはリラックスすべきはずのスパでパージを…?と思いつつも面白かったです。

街に出て色々な光景を目にする分、前作より狂った奴らが盛りだくさん!歩道橋の上から喚きながら銃を乱射するファットなレディやら、車に乗りながら火炎放射で人々を焼き殺す肉屋スタイルのクレイジーな男やら、どいつもこいつもヒャッハーと輝いておりました。とんでもねえ。アクション要素も前回よりかなり増えていて見応えがありました。

前作は富裕層である家庭からの視点でしたが、今回は弱者側からの視点へと入れ替わり、前作でチラリと匂わせられていたパージ法の狙いも明らかに。パージは治安の悪化と公費支出の原因になる貧困層の粛清を目的としており、そのために軍まで動員されていたことが判明。その目的に気付き反対声明を出す者も現れ、反抗組織も結成。その中には前作のパージで追われていたあの男の姿も…(あの人だよね?見間違いだったらすみません)

パージを楽しむ富裕層の獲物になる貧困層という構図が非常に怖い。余命いくばくもないおじいちゃんが10万ドルと引き換えに自分の命を売るシーンがなんともせつなかった。捕まえられた人々が20万ドルでオークションにかけられて金持ちたちの『狩り』の獲物になるものの、武器を取り上げて反撃!のシーンはシビれた。


レオのパージのくだりは最後に駆け足に描かれてしまってちょっと詰め込み過ぎ感もあったのだけど、巡り巡って救われる、ということでいい具合のオチがついたなぁと。

第三弾も予定されているそうなのだけど、今度は黒幕VS反政府組織になったりもするのかなぁ。とても気になります。今度は劇場で観たいぞ。

 
■関連リンク

パージ (字幕版)

パージ (字幕版)

 

 前作。パッケージはこっちの方が怖いのな…。

パージ@VOD

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■あらすじ
年に1度、12時間だけ全ての犯罪を合法とする法律「パージ法」の定められたアメリカ。セキュリティ会社に勤務するジェームズは最先端のシステムで保護された自宅で家族と安全に過ごしていたが、息子が追われていた男を助けようと家に招き入れてしまう。男を追っていたパージ賛成派の若者たちに彼を引き渡すよう求められ家を取り囲まれるが、男はどこかに姿を隠してしまい――。


スパのVODで鑑賞。もう一度言いますがスパのVODで鑑賞。何故スパでこの作品を…?正気か…?リラックスとは何なのか…?そんな鑑賞環境だったものだから、パージ開始と同時に離れた席の誰かからの音漏れで笑点のテーマが聞こえて来て笑った。奇跡か。若干愉快なスタートを切ってしまったけれど、これがめちゃくちゃに面白かった。

夜19時から朝の7時まで、サイレンと放送で事務的に淡々と始まる殺戮の12時間。この時間に全ての怒りや暴力を吐き出すことにより、アメリカの犯罪率は大幅に低下していた――という設定の時点で面白い。パージで使用できる武器の危険度は決められており(おそらく銃まで?それ以上の兵器はNGのようです)、パージの時間は救急や消防も出動不可能とのこと。細かい矛盾を上げたらきりがないのだけど、「そういう設定なんだなオッケー!」と割り切って観た方が楽しめるかと。こまけぇこたぁいいんだ!パージなんだ!!考えるな感じろ!!!

娘の彼氏の侵入を察知できない時点で警備システムがポンコツすぎるのでは…?本当に大丈夫なのか…?と思っていたら、幼い息子一人であっさり解除できてしまってホラもうやっぱりダメなやつじゃん!!そして招かれざる客が一人、また一人と現れ、ついにはパージ賛成派の若者に取り囲まれてしまう。この集団のリーダー格の男の表情がめちゃくちゃ不気味で、それがインターホンのモニター越しに大写しになるもんだから地獄です。そしてパージの正装(仮面をつけて、女子は白いワンピースを着る)姿で家の周りをキャッキャウフフと遊び回る絵面が不気味すぎる。

「我々は高い水準の教育を受けたアメリカ市民である」などと言いながら凶行に耽る(とは言えパージなので法律に反しているわけではない)若者たちと、彼らが「生きる価値のないホームレス」として狙う貧困層の青年、どちらを選択すべきか迫られた家族のとった行動は…というお話がメインなのだけど、後半で「ここでお前が!?」「ここでお前らが!?」が畳み掛けるように起こってスピード感が凄まじい。

そして最後、朝の陽射しの射す食卓である人の怒りと侮蔑を込めた一撃が一番重かった気がする。この後に出る文章の後味の悪さがすごく良かった。良かったというのも変だけど、作品に相応しいオチだったと思う。


■関連リンク

 続編。なんと続編も配信されていたのでこのあと続けて観ました。

 

ヘイル・シーザー!@VOD


『ヘイル、シーザー!』特別予告編 オリジナル・バージョン

 

■あらすじ
テレビの台頭により斜陽がかってきたハリウッド。機体の超大作映画「ヘイル、シーザー!」の撮影中に、主演俳優のウィットロックが誘拐されてしまう。ハリウッドの何でも屋として面倒事を押しつけられているエディが解決に乗り出すが、他の俳優たちも次々にトラブルを巻き起こし…。

 

スパのVODにて。公開時に見逃していたのでラッキーでした。予告では煌びやかでワイワイしたハリウッドコメディ!という印象だったのですが、当時の赤狩りや東西冷戦、核危機などの背景をきちんと理解したうえで観賞したらなかなかに骨太な作品だったのではなかろうか…。まったく知識がなかったことが悔やまれます。トランボと合わせて観たら面白そう。

とは言えそんなに構えずとも十分楽しめるかと。劇中劇は華やかで美しく楽しく、まさにエンターテイメント。とくにディアナのプールのシーンと水兵さんの酒場でのタップダンスがとても良かった。そしてそんな華やかな役者たちが実は大根役者(訛りのシーンのベタベタなやりとりに笑ってしまった 笑)だったり清純派女優は実は…という裏側もあったり。銀幕の裏側の、何故だか憎めない悲喜こもごも。

そして、「裏の顔」はそれだけではなく…。ウィットロックが誘拐された理由は、まさにハリウッドの闇。俳優だけでなく裏方や、当時の映画界の社会的背景も描かれていて、こういうことを乗り越えたから今があるんだなあ…としみじみしてしまう。それでも彼らは銀幕を彩り、映画を作り続けてきたから今があるんだなぁ。

 

ベルリン・天使の詩@早稲田松竹


日本版予告篇 / ベルリン天使の詩 (ヴィム・ベンダース)

 

■あらすじ
ベルリンの街で人間の心の声に耳を傾けながら見守り続けて来た守護天使・ダミエル。親友のカシエルとともに今日見た光景を報告し合うのを日課としていたが、サーカスの舞姫・マリオンに恋をする。ある日、ダミエルの姿は見えないが、気配を感じることはできるという不思議な人間・ピーターに出会い、人間になったらどうかと薦められる。


パリ、テキサス」に続けての上映。この回からとても混み始めてびっくりした。ぎりぎり席が足りるくらいだったかな。上映直前の時間には連番で席を取るのは難しそうだったので、三連休中は整理券になりそうです。

序盤のモノローグや会話に至るまで非常に詩的で、もしやこれはめちゃくちゃ難解なのでは…と身構えていたのですが、中盤からは心地良く観賞できました。天使が決して万能ではなく、小市民に憧れを抱くというのが微笑ましくもせつなくて、とても良い。

サーカス、撮影現場、図書館と素敵な場所が盛り沢山。わたしは図書館や本屋さん等、本が集まる場所が大好きなので、図書館のシーンがとても良かった!目の前の本や資料に没頭する人達の心の内での囁き声が、静かな筈の図書館でざわざわと響き渡っているの、すてきだー。

本人役のピーター・フォークがとてもいい味を出していました。刑事コロンボを演じる有名俳優でありながら、実のところは元天使。空から降ってきた鎧を換金したダミエルの話を聞いて「随分安く売ったねぇ。俺の時は~」なんて語るくだりが面白かった。ジョブチェンジ時には鎧下取りシステムがあるんだな…笑 そして、まだ天使だった頃のダミエルにピーターがコーヒーがおいしいことや寒い日に手を擦り合わせると暖かいことを説明するシーンが優しさに満ちていてとても良い。その後、ダミエルがコーヒーを買って嬉しそうに飲んだり、手のひらを擦って喜んだりするのはささやかながらも名シーンだったと思う。

天使の頃はモノクロだった世界が、人間になった途端カラーになるのだけど、色付いた世界で目を輝かせるダミエルがとても可愛らしかったです。人間になった直後に空から降ってきた鎧で頭を怪我して血が出てしまうのだけど、血の付いた状態で生まれる=ヒトの誕生の瞬間を表しているのかなぁ。赤ちゃんだって血まみれで生まれるもんな…なんて思ったんだけど、どうなんでしょう。

映画の最後の「かつて本当にいた天使、安二郎、フランソワ、アンドレイに捧ぐ」と出るのも余韻たっぷりでとても良い。いい作品でした。

ベルリン・天使の詩 デジタルニューマスター版 [DVD]

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 ■関連リンク

シティ・オブ・エンジェル [Blu-ray]

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 リメイク版。未視聴なのだけど、ピーター・ホークがいないと思うとウーン…。

パリ、テキサス@早稲田松竹


「パリ、テキサス」Paris,Texas(1984西独・仏)

 

■あらすじ
4年間の失踪を経て、荒野に倒れていたところを保護されたトラヴィス。弟が迎えに行くが、トラヴィスは口を開こうとせず、失踪の理由も何をしていたのかも語ろうとしない。ようやく呟いた言葉は「パリ、テキサス」だった。空白の4年間、トラヴィスの身に何があったのか。


男の哀愁とその家族を描いたロードムービー。タイトルだけ知っていた作品で、初めての観賞となりました。ふんわりとした記憶で「テキサスで見つかった記憶喪失の男がパリ(※フランスの方)を目指すロードムービー」だと思い込んでいたのだけど全然違った。記憶の改竄おそろしい…笑 タイトルの「パリ」もフランスのパリだと思っていたのですが、テキサス州のパリのことだったのですね…!勘違いもおそろしい。笑

オープニングが最高。ざらついた地面、高すぎる空、無骨なギターの調べ。それだけでトラヴィスという男を描いているかのようで、あっと言う間に映画館の中が物語の空気に満たされていくのが心地良い。映画っていいものですね…しみじみ。BGMがギターだけというのもすごく良かった。この音色が本当にトラヴィスにぴったり。

ストーリーとしてはあまりに不器用なトラヴィスにやきもきすることも多かったのだけど、息子のハンターとの距離を縮めていく様は微笑ましかった。トラヴィスが学校へハンターを迎えに行くシーンでは、失敗や空回りしつつもようやく一緒に帰れて、道路を挟んだ歩道でお互いを真似ながら歩くシーンが可愛かったです。不器用なスキップかわいすぎか…!でも、前に進みながらも違う道を歩いていると解釈すると、少しせつないのだけど。それにしてもハンターくん、美少年だったなぁ。さらさらの金色の髪と少し小生意気な語り口調が可愛い。

ジェーンを探すトラヴィスとハンターが「男親と息子」という感じで和んだ。トランシーバーのくだりや、荷台で食事をするシーン(クリームチーズ+ポテトがすごくおいしそうだった…!)は冒険感があって良かったなぁ。赤い服もお揃いのようで可愛かった。(ところで最後のジェーンとのシーンは二人とも緑色の服だったのは意味があるのだろうか。補色…?)

そして元妻ジェーンの美しいこと!目元と唇がとってもきれいで見惚れてしまう。トラヴィスの語った過去の出来事を経てから、あの小部屋での職業に就いたのだと思うとなんだか苦しくなる…。そしてこの小部屋の「どちらかに灯りが向いているともう片方の姿が見えない」という設定がお見事。まさにこの二人じゃないですか…。

この作品、いわゆる「悪い人」がいなかった気がする。弟夫妻はトラヴィスを責めることはしないし、ハンターが同級生に「父親が二人ってなんだよ」なんていじめられることもないし、ジェーンの勤め先の黒服の男がトラヴィスを摘まみ出したり揉めたりすることもない。だから、ラストは歩いて行くトラヴィスに、「待って」と思わずにはいられなかった。世界は意外と優しいのに。でも、妻と息子への愛ゆえに彼の出した答えなんだよなぁ…。

パリ、テキサス (字幕版)